「これまでの生き方」と「これからの生き方」

「これまでの生き方」と「これからの生き方」

今年も早いもので1ヶ月が経った。

去年の2月は石川県に移住した月だ。移住してもう一年。

2021年は、移住したことで環境が変わったことはもちろん、精神的な変化も多くあったので、そんなことを残しておきたいと思う。

人よりも有用であることをやめる

今まで自分の能力を高め、社会的に優位な立ち回りをしたいと考えていた。

その為に本を読み、知識仕入れ、正しい立ち回りができるように気をつけていた。

洋服屋の時には洋服やオシャレ関係の雑誌を毎月8冊以上購入していたし、営業時代には営業テクニックや心理学的な本を読みあさっていた。

自分よりも社会の移り変わりの情勢が見えている人の情報を仕入れて、生かせる部分は生かしていた。

もちろんこういった行動が悪かったとは全く思っていないし、この社会でうまく立ち回る為には必要なことだと思う。

誰かが知らないことを知っているだけで、知らない誰かよりも優位に立てる。

これが問題かもしれないと今は感じている。

幸せのものさし

人は何のために生きているんだろうってことや、どう生きるといいんだろうなんてことを考える。

ギリシャ哲学も、身の回りのことは奴隷に任せて暇だったから発展したなんてことを聞いたことがある。

暇人はこういったことを考えてしまうのかもしれない。

おそらく全人類に共通のことは「幸福に生きたい」ということだと思う。

幸福とは何か。どうすれば幸福に生きられるのか。

  • 洋服屋の時は流行の最先端を行き、流行る前にその洋服を着ていたり、目をつけていることに価値があった
  • 営業の時は、営業成績が良いことに価値があった

共通して言えることは、誰かよりも優位に立ちたいという考えがあった。

誰かと比較して、自分が上だと幸せだったのかもしれない。

僕たちは子供の頃から学校へ行き、点数をつけられて生きてきたし、比較された世界で生きていくことが普通だったのではないかと思う。

比較することは、幸せの基準が常に相手にあるということで、自分がどう感じるかは後回しだ。

でも幸福は完全に主観的なものだ。

他人から見て不幸せなことも、自分が幸せだとその人は幸福な人になる。

これまでの比較された世界から変わりたいと思った。

やりたいことをやってみた

誰かと比較したものじゃなく、自分がやりたいことをやろうと思った。

2021年は仕事を最低限に抑えて、やりたいことを手当たりしだいやってみた。

  • 写真
  • ドリップコーヒー
  • 料理
  • お菓子作り
  • 釣り
  • 観葉植物
  • 読書

どれも楽しいし、おいしい。

写真

カメラに興味を持ったのは10年ぐらい前だっただろうか。

洋服屋さんの時に、服をサイトにアップするために初めてカメラを買った。

その時はボケてさえいればカッコいいと思ってたけど、あまり深くやろうと思わず今まできた。

また写真を始めようと思ったのは、自分の感覚に集中したいと思ったから。

レンズでここまで写真が変わるのかと感動した。

今まではレンズキット(カメラ本体に付属しているレンズ)のレンズを使っていたが、初めて買ったレンズが綺麗に撮れすぎた。感動し過ぎて数時間撮り続けたのを覚えている。

カメラを持っていると、いつもよりも綺麗なものを感じにいっている自分に気付く。

同じ世界でも、違って見えてくる不思議。

今見えている景色をより良く見せてくれるものが、僕にとってのカメラだ。

綺麗な写真を撮りたいって思いよりも、自分が今の景色を綺麗に見たい為に写真を撮っているんだと思う。

ドリップコーヒー

一応ドリップ機器は持っていたが、あまり深めようとはせずに過ごしてきた。

ドリッパーを5種類買って、コーヒー豆も何十種類も飲んでみた。

豆で味わいや香りが想像よりも全然違うことに驚いた。

おもしろいのが同じ豆でも、ドリッパーの違いで味が変わり、お湯の温度、淹れいてる時間でも変わる。

違いを発見して深めていくのは楽しかった。

料理

料理は前からやってたけど、今では毎食作っている。

周りに飲食店がないというのもあるけど、ちゃんとしたものを食べたいというのが一番の理由。

スーパーに行けばいろんなものが売っていて、すぐに食べれる。

でも、自分でわざわざ料理して、

「うまっ!」「微妙だな、次はどうしよう」などと考え、感じることは楽しい。

誰かが作ったものを食べるのもいいけど、自分で作ると試行錯誤できて2倍楽しく、おいしい。

食べるものを自分で選択できるのも更に良し。

お菓子作り

昔から大の甘党だが、健康の為に控えてた時期もあった。

砂糖は中毒物質だし、血糖値の観点からもあまりよくない。

でも、食べると幸福感がある。

自分で作れば甘さを控えて、摂取したくないものを食べずに幸福感を得られる。

良いとこどりできるんじゃないかと思った。

野菜のスイーツを作ったり、砂糖を控えめにしたり、上白糖じゃなく、てんさい糖を使ったり。

グルテンを控えたい僕は、全部米粉で代用して作っている。

それでもめちゃめちゃうまいスイーツ作れるし、楽しい。

もっと健康的なスイーツを作っていきたい。

釣り

嫌いだった釣りを始めた。

なぜ嫌いだったかというと、待ってる時間が暇だったし、やることはリールを巻くことだけだと思ってた。

まだ始めたばかりで大物とか釣ったことないけど、今やる釣りは楽しかった。

海を見てるだけでも気持ち良いし、景色や自然を感じられる、釣れた魚を料理して食べることもできる。

今までの魚は提供されるものって感じで、どこか他人行儀なものだったけど、釣りを始めて、魚の知識がないとうまく釣れないし、生きることは知ることなんだなって改めて思った。

生きる為に食べる。その為に釣りの技術を学ぶ。その直結している感じが気持ち良い。

自分で釣って料理してると自分で生きてるなって思える。

もっと釣りがうまくなりたい。

観葉植物

今までは極力物を持たない生活をしていた。

家には最低限のものしかなく、殺風景な家だった。

洋服屋の時は服も大量、インテリアも大量、カッコいいなってものは何でも買っていた。

見た目が全てだと思ってた自分。そんな自分が嫌になって洋服屋を辞めた。

その反動からか、自分に宣言する為か、ほとんどのものを処分した。

それからものを持たない生活をしていたけど、今は好きなものを、そのモノの背景から好きだと思ったり感じたら買うようになった。

観葉植物も、昔はお洒落だからと思って買っていたが、すぐに枯れていた。

本当に興味があったわけじゃないから、あんまりお世話をしてなかったんだろうと思う。

今は新しい葉が出てきてたらうれしいし、成長していく様が愛おしくなっている。

真っすぐ上に伸びて欲しいのに、変な一方だけに伸びていく枝もかわいい。

北陸の寒い冬も無事に越えてくれそうな気がする。

もっと家をもじゃもじゃにしたい。

読書

昔から本は読んでたけど、2021年もよく読んだ。

ネイティブアメリカンの本をよく読んだ気がする。

朝にコーヒーを飲みながら窓辺で本読んでる時は、最高の気分だった。

農家さんのお手伝い

有機で野菜を育てている農家さんと知り合い(通いつめて距離を詰めただけ)、農業のお手伝いをした。

今まで農業はまったくやったことがなく、これからやっていきたいことだったので、勉強も兼ねてお手伝いに行った。

自然に囲まれた仕事は気持ち良い。

お手伝いだから気持ち良いで終わるけど、仕事ってなると大変なんだろうなって思う。

手伝いの時に衝撃的だったのは、仕事への取り組み方だ。

お手伝いと言えどもなるべく力になりたいと思い、効率よく仕事できるようにと考えて動いていたけど、効率優先ではなく、話ながら仕事ができることを優先的に作業しているのだ。こんな仕事の進め方があるのかと衝撃的だった。

成果を求める仕事よりも、気持ちよくできる仕事の方が良いなって思った。

やりたいことをやってみた結果

今まで知らない世界を知ることができたし、楽しい!けど、何か足りない部分があるなって感じていた。

結論から言うと、仕事をしていないからだった。

なんとも本末転倒な話だ。

ありがたいことに依頼がきても、金額が合わないなどと理由をつけたり、あんまり好きじゃないクライアントの依頼は断っていた。

仕事よりも本を読んだりやりたいことをやりたいって気持ちを優先していた。

生活できるだけの金額を稼いだらやりたいことをやってた。

もちろん、やりたいことが生産的なことだったら一番良い。

けど、僕はそこまでいけずに自分の為だけに自分の時間を使っていた。

社会の役に立っていない自分がいる反面、嫌なことはしたくない自分がいる。

この問題は、自分に対する考え方だと思った。

誰かのために生きる

やりたいことをやりたい!と生きた2021年、結果は何か足りない。

これは、自我を強めすぎた結果だったのだろうと今では思う。

仕事は誰かに必要とされているからあるもので、この広い世の中、知り合って仕事をお願いされるって何かの縁だと思うようになった。

2021年の夏頃からお付き合いがある取引先さんがいて、ありがたいことに色々仕事を紹介してくれるのだが、細かな金額交渉があったり、金額が安かったりして断っていた。

正直その頃は、いい気分はしてなくて、嫌な感じで断ったりもした。

それでも、何度も依頼してきてくれて、逆によく依頼してくるななんて思っていたが、年末ぐらいから心境の変化があり、お願いされたことは金額に関係なく受けれるだけ受けようって気持ちになった。

結果、12月、1月は何年ぶりかに忙しい日々を過ごした。

忙しいけど充実した日々で、仕事終わりのお酒がうまかった。

幸せって誰かの役にたっていることなんだろうなって今では思う。

この仕事でいくらもらえるからうれしいとかっていう考えじゃなくて、誰かのためになっているが一番で、お金はその次。

そうすれば、仕事のクオリティは上がるし、結果自分にも返ってくるものは大きい。

こんな当たり前のことを気づいた2021年だった。

仕事というとわかりやすいけど、お金がもらえるから仕事じゃなくて、生きることって全部仕事だと思う。

趣味の延長でお金がもらえてそれで生活してたら仕事だし、いつ自分の趣味が延長されるかもわからない。

だから、やりたいことはやった方が良いって考えは今も変わらないけど、お願いされたことって何であれそれだけで価値があるんじゃないかと思う。

やりたいこともやるけど、それは二の次で、誰かからお願いされたことを優先してやっていく。

そうすれば、良いバランスで生きていける気がする。

とは言え、自分の理想とした生き方や社会に対して思うこともあるので、それは次に書いてみようと思う。

osamurai

osamurai

洋服屋さん、営業、放浪、ニートを経て、いまはwebデザイナー。
自給自足の生活を夢見て、東京から石川県へ移住。
これからどうなることやら